スティーブと再会して数日が過ぎた頃、ホテルの部屋に沢山の荷物が届いた。
某ブランドの箱や袋が白手袋をしたホテルマンの手でズラリと目の前に並べられ、
三人のメイドによってクローゼットに片付けられていく。
私は、相変わらずホテルのパジャマとガウンのまま、ソファで寛ぐスティーブの陰に
隠れるよう座り、眼を点にしながらその様子を窺っている。
うぉーくいんくろーぜっと、という大きな部屋があって、そこが洋服とかの部屋らしい。
そういえば、ウィンと暮らしていたマンションにもあったような気がしないでもない。
けど、私は使った事がないのでよく解らない。
正直、教会で間借りしていた部屋より洋服達の部屋の方が広い・・・。
一体、どれだけ運んで来たんだろう。
まあ、スティーブはお洒落だから量も半端じゃないけど。
それにしても、こんな私にも解るようなブランドばかり。
何だか、目の保養を通り越して目の毒っぽい。
スティーブの隣でソファに埋もれながら、こっそりメイドさん達の仕事っぷりを堪能
した。本当に、プロフェッショナルだ。まるで無駄な動きがない。動作が流れるように
綺麗で、淡々と仕事を進めてゆく。
仕事の出来る女。そんな言葉を思い出した。
きっと彼女達の為にある言葉に違いない。
子供みたいに両手でティカップを持つ私の横で、高く脚を組んだスティーブはワインを
堪能している。
ちなみに今日のスティーブは黒いジーンズと白いシャツだ。シャツのボタンは下三つ
だけ止めて、綺麗な鎖骨が露出し放題。きっと女の人は目のやり場に困るんだ。それを
解っててスティーブはやってる。きっと。
でも、まだお昼前なんだけど・・・。

「スティーブ・・・凄い量だね。」
「何言ってるの? 姫ちゃんの着替えだよ?」
「え・・・?」
そういえば、病院から直接ここに来た私の着替えなど何もなかった。
って・・・。
「文子に言って買い揃えてもらったんだ。趣味良いからね、彼女。」
「文子さんが?」
「そう。椿がこっちに来てるから、頼んだ。」
「椿さん、こっちに来てるの?」
「移動に困るからね。」
「そっか。」
椿さんはウィンのお抱え運転手で、文子さんは花屋の店長さん。
二人は双子の兄と妹で、実は大財閥の御曹司とご令嬢。
しかし・・・この二人。性格が飛んでいて、兄の椿彰さんは高校一年で中退して勝手
に海外へ旅に出たらしくって、ホームレス経験まであると言っていた。
更に妹の文子さんは大学一年の時に駆け落ち結婚をしたという。
ちなみに、今の旦那様がその駆け落ち相手だとか。
何だか凄い人たちです。
それが幸いしたのか、やっぱり飛んだ性格をしているスティーブととても気が合って、
兄弟みたいな関係だ。椿兄妹はディアンさんとも仲が良くて、ウィンにも可愛がられ
ていた。
そっか・・・椿さん、来てるんだ。文子さん、元気かな。
二人は私より十歳年上で、都会(まち)にいた頃凄くお世話になったんだ。
特に文子さんは、とっても気の付く人だったから・・・。
そんな事をぼんやり考えてたら、仕事を終えたメイドさん達が優雅に一礼して部屋
を後にした。

それにしても、慣れって怖い。
自分の着替えがない事すら気にならないなんて・・・。
っていうか、こんなに着替えが必要なの? 一日何回着替えればいいの?

「何処か、お出かけするの?」
こんなに突然洋服を揃えるなんて。
「うん? 別に予定はないけど、着替えは必要でしょ? 何処か行きたいトコある?」
「ううん。ない。」
っていうか、ここ二日間、私はサロン漬けで疲れていた。
ヘア、ネイル、エステ。すべてホテル内にあって、私は専用エレベーターで移動出来
る為、パジャマの上からガウンやストールを羽織って生活してた。
あ、下着・・・。
全身エステの時、着替えるのが恥ずかしかった。だって下着つけてなかったから。
やっぱり文子さんが用意してくれたのかな。
「ス、スティーブ。クローゼット、見てきていい?」
「勿論。下着のサイズも確認して来てね。」
うっ・・・私が気にしてる事を。
クスクス笑っているスティーブをソファに残して、広ーいクローゼットへ。
凄くいい香りがする。
でも。
壁の一面が鏡張りだ・・・。
ちょっとこの部屋で着替えるのは抵抗あるかも。

「姫ちゃん。」
ボーっと部屋の中を見回してたら、突然抱き締められた。
「え・・・っ。」
スティーブ?
「三日ぶり、かな。早く、慣れなくちゃね?」

何を・・・なんて聞くまでもなかった・・・。
私・・・。

「ダメ・・・ダメ・・・こんな・・・トコで・・・っ。」
あっと言う間に四つん這いにされると、パジャマのズボンを半分脱がされた。
スティーブはあくまで後ろに拘るつもりたらしい。指と舌がソコを這い回って、躰
が勝手に熱くなって、もう・・・。
「大丈夫。床が大理石だから掃除し易いよ?」
私の脚の内側に流れるものを、長い指が掬い取る。
「そ・・・そんなっ。」
戸惑う言葉とは裏腹に、もう充分に潤ってる私。
「早く、コッチに慣れてね。」
スティーブの言葉に、火照った下腹部が震える。
「ひっ・・・あっ。か・・・かが・・・み。やぁっ。」
気がつけば、眼の前に鏡。
全部が、映ってた。
「じゃ・・・眼を閉じていて。ね?」
鏡の中で、碧い瞳が優しく笑う。
小さな水音と共に侵入して来る熱い異物。
直ぐに、スティーブの腰が動き始めた。
痛みはない。
あるのは、底なしの快楽だけ。

あんっ。
ひ、あぁんっ。
ダメ・・・後ろ・・・ダメなのにっ。
私・・・ヘンになる。

「スティーブっ。あっ、あっ、やぁっ・・・。」
「姫ちゃん。慣れて。そして、早く自分から欲しがって。ね?」

お腹の奥が熱い。
腰が痺れる。
スティーブっ。
私・・・わた・・・し・・・。

「姫ちゃん。気持ちいい?」
なんで?
どうして?
「オレは凄く、イイ。」
耳朶を甘く噛みながら、熱っぽく囁かないでっ。
「これからは、素直に生きてね?」
「・・・?」
「欲しいモノは欲しいと言って。我儘でいいよ。オレ達に遠慮はいらない。」
オレ達・・・スティーブと・・・ディアンさん・・・。
二人はいつも一緒。
つまり・・・。
「っ・・・っ・・・んぁっ。」
「イッて。姫ちゃん。」
「わた・・・し・・・っ。」

もう、ダメだ・・・。
私。
もう。
スティーブに、支配されてる。
それが・・・心地いい・・・。

「あぁぁ    っ。」



    声音 \    



「なんだって?」
祖国からの第一報は、文子が帰った日の深夜だった。
ウィンの義理の母だった女が事故死したという。
アマリア。
この一年、執拗に姫の事を嗅ぎ回っていた女だ。
別にやましい事などないので放っておいたが、それが甘かったか。
最近になってウィンの遺体を解剖しろと言って来た。
勿論、そんな事をするつもりはない。
きっぱりと断ったが、今度は裁判所に訴えを起こした。

ウィンの死に不審な点がある。
なぜ末期ガンだった彼が日本に滞在していたのか。
なぜ、血の繋がりもない日本の女に遺産相続をするのか。
絶対におかしい。

それが向こうの言い分だった。
バカらしい。
だが、ウィンが日本で亡くなっている事もあり、少々厄介な事になっていた。
電話の向こうから、祖国にある邸の留守を預かる執事のロバートの声が淡々と事実
だけを語る。
飯田とよく似た男だ。
否。ロバートの方が年上だから、飯田が似ているのか。
養子になったばかりの頃、私達に礼儀作法を教えたのはロバートだ。
「それで? 即死?」
交通事故だったらしい。
愛人の運転で裁判所に向かう途中、玉突き事故に巻き込まれたのだという。
「なぜ裁判所へ?」
『裁判所から呼び出されたようです。もう少し詳しい話を聞きたいと。』
「詳しい話?」
『はい。葬儀もなく、あまりにも迅速にご遺体を埋葬した事が判事に不信感を持たせ
たようです。こちらからは旦那様が三年前に書かれた遺言書を証拠品として既に提出
してあります。葬儀をしない事もご本人の希望であったと。』
「そうか。」
『璃羽様の件に関しましても、旦那様が以前お書きになられた遺言書にも相続人と
して名を連ねておられた事実がございますので、何も問題はなかったと。』
「当然だ。」
ウィンは三年毎に遺言書を書き直していたが、私達が養子になった時には既に姫の
名が遺言書には存在していたのだ。
大体、アマリアはウィンの遺産相続について口を挟める立場の女ではない。
今は亡きウィンの父、故ロッド氏の後妻で結婚から三年で浮気がバレて離婚された。
そんな女が何を今更。
『ただ・・・。』
「・・・なんだ。」

『婦人に裁判所からの呼び出しがある前に、レオ氏が出廷しております。』

「・・・なんだって? レオは中東に行ってる筈だが。」
『一週間ほど前に一度帰国されたようです。』
「誰の指示だ?」
『まだ、指示があったかどうかは解りません。出廷した翌日には出国しておりますの
で。それと、これは不確定な情報ですが、出国する直前、婦人の愛人とされる男性と
お会いになっているようです。』
「・・・レオが、か?」
『はい。』
どういう事だ・・・。
レオが戻った途端、あの女が死んだというのか。
あの女に余計な入れ知恵をしていたらしい愛人と一緒に?
それより、なぜレオが帰国し、出廷してるんだ。
私は、何も聞いていない。

「解った・・・。スティーブから何か連絡は?」
『ございません。』
「他に何か解ったら連絡を。」
『承知しました。』

一体、どうなっている。
姫の遺産相続に関しては、私が一任されている。
それは、スティーブも承知の事だ。
では、なぜ。
なぜ、レオが動く?
どうしてレオが出廷した情報が一週間も私の耳に入らない?

凄腕の弁護士として知られるレオは、その半面危ない橋を渡る事でも有名な男だ。
目的。つまり依頼人の利益の為なら手段を選ばない。
本来、ウィンがあまり好まないタイプの仕事師なのだが、依頼人最優先の立場を
確固たる理念としている事実から姫の筆頭弁護士を任せたのだ。
それが、勝手に動く筈がない。
だとしたら。
今、そのレオを動かす事が出来るのは・・・。

「スティーブ・・・。何を考えているんだ。」