大きなクッションに上半身を預けたまま、焼けつく喉をどうしていいのか解らない。
だから、クッションに爪を立て、必死に空気を吸い込んだ。
ぐちゅぐちゅと音がする。
全身から汗が噴き出す。
躰が、揺れる。
「スティーブ・・・スティーブ・・・スティーブ・・・っ。ああぁっ。」

明るい部屋の中。
私は、雌になる。


豪奢な装飾に隠れたスイッチひとつ。
遮光カーテンが音もなく開いたのは少し前だった気がする。
高級感たっぷりのレースがふんだんに使われた真っ白いカーテンの隙間から、
目映いばかりの日差しが差し込む寝室。
壁一面が窓。
外はスカイブルー。
ぽっかりと白い雲。

「アァ・・・アッ、ァッ。」
揺れる私の躰。
揺らしているのはスティーブだ。
「怖くないでしょ? 痛くない?」
優しく聞かれても、私の喉は焼け焦げてしまっていて。
これ以上はないほど背を撓(しな)らせて。
目の前のクッションに縋り付くのがやっとで。

そこは、違うのぉっ。
挿れないでぇ・・・っ。

私の怯えた声に、スティーブは濡れた舌で返事を誤魔化した。
私は犬のように四肢を付いて。
本来は挿れられる場所じゃない所を、執拗に舐められて。
経験があるからこそ、怖い。
でも。
「大丈夫。優しくするから。」
濡れた吐息と共に何度も囁かれて。
私の腰が砕けるまで。
熱く優しく愛撫は繰り返されて。
諦めて、覚悟を決めたけど。

「気持ちいい?」
優しい声が、耳朶に直接響く。
体重が私に掛からないよう、両手をベッドに付いたスティーブ。
その熱い身体の下で、私は啼き続ける。
引き締まった腹筋。
打ち付ける腰。

「いい? 姫ちゃん。どう?」
聞かないで・・・。
解んない。
でも、痛くない。
少し苦しいけど。

「いつも、無理やりだったからね・・・。」
低い囁き。
「ひ・・・あ・・・アッアッアッ。」
「もしかして、ディアンも?」
ちょっと呆れた声。
「クゥッ。」
「やれやれ。ウィンより理性はあったはずなのにな。相手が姫ちゃんだと、やっぱり
タカが外れたか・・・。」
ゆっくりと身体を起こす。
私の腰を引き寄せる為に。

「あのおバカ・・・。」
「イッ・・・あぁっ。」
意味の解らない言葉。
意識を素通りする恐怖の記憶。
以前は、痛くて、苦しくて、怖いだけだった。
この行為は。
なのに。

「あぁっ。ンッ・・・、ンンッ。」
しっかりと私の腰を掴む大きな手。
私の中を熱く掻き回すカタマリ。
濡れて滴る喘ぎ。
恥ずかしいのに。
どうして?
どうしてスティーブだと、こんなに違うの?

「こっちはね。やっぱり相性があるんだ。本当に嫌がる女性(ひと)もいるし。慣れて
しまえば平気になる女性もいる。でも、やっぱり男の性格に左右されるかな。」
テクもだけど・・・。
男が自分本位だとダメみたいだよ。
あと、せっかちな男もダメだろうね。

緩やかな突き上げで私を喘がせながら、他人事みたいに・・・。
ああ・・・でも。
違う・・・。
同じ事をされているはずなのに。
ウィンやディアンさんと、ぜんぜん違う。
私の躰が、餓えているから?
一年半。
この躰は誰の物にもならなかった。
誰かに所有されていたなんて、ずっと忘れていたのに。
欲しいとも思わなかったのに。

私にとって、肉体的な関係は恐怖以外の何物でもなかったから。
それなのに・・・。

「シ・・・ツ・・・汚れ・・・ちゃうぅっ。」
高級ホテルのシーツだよ。
洗うのは顔も知らない誰かだよ。
こんなに・・・こんなに汚して・・・っ。
「くすくす。姫ちゃん、余裕だね。」
だって、膝がヌルついて・・・。
クッションが、べとべとっ。
「ッ。あぁぁっ。」
余計な事を考えてる私に、深い突き上げ。
余裕なんてぜんぜんないけど。
だけど、変な事考えてる。
その自覚がある。

後ろからずっと。
何回もイかされて。
何回イッても終わらなくて。
ダメ・・・もうダメ。

「気持ちいい?」
「あっ、あっ、あ・・・。」
「そろそろ、オレもイクよ?」
「ンンッ。んァッ。」
クッションに額を擦りつけて。
待つの。
あの瞬間を・・・。

「スティーブ・・・スティーブ・・・っ。」
「うん?」

どうしてこんなに冷静なの?
スティーブは何も感じてないの?
私は、こんなに狂ってるのに・・・。

「スティーブ・・・もうっ・・・もう・・・ダメェェェっ。」
「そん・・・なに、締め付け・・・ないで。ンッ。」

私だけ熱くなってる。
私の躰だけ。
私の心だけ。
バカみたいに。
淫乱だ、私。
涙、出て来るよ・・・。

「違う・・・よ。」
なのに。
「姫ちゃん、解ってない・・・でしょ。」
甘い声が私の首筋で囁く。
「オレは・・・オレまで、姫ちゃんを傷つける訳にいかないんだ・・・よ。」
背に触れる肌が、熱い。
「本当は・・・凄く・・・。」

メチャメチャ壊シタイ・・・。
オレ、壊スノ、得意ダカラ・・・。

「愛してるよ・・・姫ちゃん・・・。」
「ス・・・ティーブ・・・。」
「オレ・・・もう・・・イク・・・。」

ああ・・・ダメ。
私・・・また・・・イッちゃう・・・。



    声音 [    



昔。
誰かが言ってた。
飯田だったか。
私と、ウィンと、スティーブ。
三人の中で一番怖いのは。
スティーブだ、と。

ああ、解ってる。
彼は、先の先まで読める男だから。
本能のみであらゆる事に対処できる人間だから。

そして。
誰にも支配されたりしないから。

私は、ダメだった。
ウィンの支配から、脱する事が最後まで出来なかった。
姫がウィンにレイプされた時ですら。
私は助けなかった。
彼の命を優先したから。
ウィンに生きる気力を呼び覚ませるのは、結局、姫しかいなかったから。
助けなかったのだ。
気づいていたのに。
傍にいたのに。
あの部屋の前で。
聞こえてくる悲鳴に、ただ、耳を塞いだ。

あの後。
スティーブに殴られて気づいた。
ずっと続くのだと。
ウィンが生きている限り、姫は縛られ続ける。
あの妄執のような想いに。
そして、突然終わるのだ。
ウィンの逝った後、姫に残される時間の長さ。
心の傷は、決して癒される事はないという事実。
その現実を、姫は独りで受け止めなくてはならないのだと。

いつも後悔ばかり。
姫の事では、後悔ばかりしている私。

それなのに。
事もあろうに。
私まで・・・。

初めて、衝動的に女を抱いた。
泣き叫ぶ貴女(ひと)を、無理やり。
逃げようとしたから。
ウィンの傍から。
否。
違う。
私の傍から、逃げようとしたからだ。

『不器用なヤツ。おバカ。』

事実を知られた時。
やはり殴られた。
しかし、スティーブには解らないだろう。
触れる事すら怖くて、逃げてばかりいた私の心など。

あの一瞬。
魔がさした。
紙袋に僅かな着替えだけを詰めて。
ドアの前に立っていた姫と鉢合わせした瞬間。
それが、すべての始まりだった。

いつも焦がれていた。
スティーブ。
その自由で、大らかで、誰にも支配されない同い歳の義兄に。
そうなりたくて。
彼のように生きたくて。
けれど。
私には無理だった。

姫・・・。
私が、生まれて初めて愛した貴女(ひと)。
ウィンのすべてだった女性(ひと)。
貴女はしらない。
あの小さな躰を抱き締める度。
貴女の中に自分を残す度。
私がどれほど満たされていたか。
その陰で、どれほどウィンに嫉妬していたかなど。

一生を懸けて償うつもりだった。
貴女に死ねと言われたなら、きっとそうしたろう。

けれど。
姫はいなくなった。
消えてしまった。
私の傍から。
突然に。


「そういえば、彰が妙な事を言ってたわ。」

ぼんやりと窓の外を見ていた。
文子は手を休める事無く花を活け続ける。
この部屋に生きた香り。
久し振りだ。

「妙な事?」
「ええ。変な女が何度も璃羽ちゃんを訪ねて来たと。」
「変な女?」
「ええ。なんだか璃羽ちゃんがお世話になった人らしいけど。スティーブに、璃羽ちゃん
を返せって迫ってたそうよ。」
「・・・。」
「だったら奪い返せ、なんて言ったらしいけど。」
クスクスと文子が笑う。
あまりに、らし過ぎたのだろう。
「スティーブらしい・・・。しかし、誰だ。」
命知らずな。
ああ見えて、スティーブは容赦ないんだ。
「詳しくは解らないけど。銀ブラした時、聞いてみたんだけど・・・。とってもいい人だって。
それだけ。璃羽ちゃんがお世話になってた農家の人かしら・・・。どうも、そんな感じでは
なかったと彰は言うんだけど。」
「訳の解らん女に、してやられるスティーブじゃない。」
やられたら、何倍にもしてやり返す。
左の頬を殴られたら、左右の頬を殴り倒して腸を抉るのがスティーブだ。
「そうだけど。まあ、璃羽ちゃんもスティーブと帰って来るって言ってたし。驚くくらい落ち
着いてたから心配はないと思うわ。」
「そう・・・か。」

文子の言葉の端々に、現実を突き付けられる。
私がいなくても、姫は大丈夫なのだ。

テーブルの上。
試しに灯したキャンドルの明かりが揺れる。
「うーん。最高。やっぱりガラスの花器にはキャンドルよね。」
文子はご満悦だ。

その様子を見ながら、私はまるで別の事を考えている。
そろそろクリスマス・ツリーの準備をしなくては。
それから。
それから・・・。