小さな四角い窓から空を見上げる。
青と、灰色と、白。
そろそろ雪が降り始めるだろうか。
ぼんやりとした意識で私は空を見つめ続ける。
四角い窓の外。
青と、灰色と、白。
これが私の世界。
私の心の世界。
他の色なんて知らない。
青と、灰色と、白。
それ以外の色なんていらない。
私の世界は三色で出来ている。

「お前なんて産むんじゃなかった。」
最後に聞いた母親の言葉だ。
「ウチに娘なんていない。」
それは父の言葉だったか。
私にとって、親という存在の記憶は幽かだ。
確か、兄もいたような気がする。
その声は、覚えていない。
記憶にあるのは、兄が死んだ事実だけだ。

この世に産まれてはならない人間が、この世に存在し続ける。
それは、想像するより遥かに辛い事だ。
生きているのは、死なないからだ。
自ら死ぬほどの価値もない命。
それが私の命。

ああ、そういえば。
この命を欲しいと言った人がいた。
かつての親という存在だった。
私の心臓が欲しかったのだ。
心臓移植。
その為に。
兄は、心臓が悪かった。
確か、そうだ。

幼い頃の記憶は曖昧で。
でも、笑った記憶はない。
曖昧な記憶の中に、笑った記憶だけがない。
それを、私ははっきりと覚えている。

ああ、雪が降りそうだ。
そろそろ本格的な雪の季節だ。
小さな四角い窓の外。
青と、灰色と、白。
私の世界は、それだけの色で出来ている。



    再会    


携帯の向こうから、震えるような囁きが聞こえる。
   に・・・いるの・・・。」
泣き疲れた声。
「わたし・・・の・・・せいで・・・。」
一年半ぶりに聞く声。
「おかね・・・必要・・・なの・・・。」
探しても、探しても、見つからなかったもの。
「一生・・・はたらいて・・・かえす・・・だから。」
捜しても、捜しても、捜しても、何処にもいなかったのに。
「たすけて・・・くだ・・・さい・・・。」
今にも消えそうな声で。
「たすけて・・・スティーブ。」
その存在を知らせて来るなんて。


「姫ちゃん・・・もう一度、居場所を教えて。すぐに、行くから。」



迂闊だった。
まさか、そんな田舎にいたなんて。
農家だと?
肉体労働なんて出来る貴女(ひと)じゃないのに。
一年半。
捜して、捜して捜して。捜して。
見つからないはずだ。
酪農と農業の町だと。
彼女がそんな小さな山村にいたなんて。
だが、生きていてくれただけで有難い。
それだけで、救われた気がする。
助けて、と。
その一言でも充分だった。
貴女が生きている。
それだけで。

高層マンションの屋上。
呼び出したヘリに飛び乗る。
片手には札束の詰まったアタッシュケース。
貴女の為なら何でもしよう。
最初から、そのつもりだった。
貴女と出逢ったあの日から。
ずっと。

泣かせる事しか出来なかった。
本当は笑っていて欲しかったのに。
それは、許されない現実で。
慰めの言葉すら口には出来なかった。
あまりにも、白々しくて。

「姫ちゃん・・・璃羽(りう)・・・もう、何処にも消えないでくれ。」